ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第827話 1993年日立:旧型車の動向を追う(その3)

そして、日が変わって2週間後です。日立は東京から結構遠い所でしたが、わずか2週間後の訪問とは、自分でも呆れます。しかしこの日は天気予報で晴れを確認していたので、目的は走行撮影でした。日中は単行しか走りませんが、それも承知の上でした。

 

1.クモハ351+クモハ352 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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 撮影場所は毎度の常陸岡田から大橋付近の田園地帯ですが、まだ田植え前で荒涼としていました。最初に登場したのは、予定外の旧型2連でした。日中は単行ばかりと思っていましたが、思わぬ収穫でした。この頃の2連は新車の2000系が増えており、旧型はこのクモハ351+クモハ352とクハ109+クモハ110の2編成だけになっていたのでラッキーでした。

 

2.クモハ351+クモハ352 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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 ところで、この電車は見た感じ旧型とは思えないスタイルですが、車体は静岡鉄道にて1968年に製造されたものです。日立電鉄には1984年に転籍しましたが、先に転籍したクハ109+クモハ110共々、日立電鉄の車両体質改善の先駆けとなった車両でした。しかし、問題は足回りです。足回りは静岡鉄道モハ18,19から流用されたもので、これは元鶴見臨港鉄道を前身とする買収国電でした。2連で残ったクハ109+クモハ110はもう運用離脱しており、この年に廃車となりましたが、このクモハ351+クモハ352はもう1年生き延びました。

 

3.モハ16 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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 そして、この日の食パン電車はモハ16でした。このタイプの車両は4両いるので、かなりの確率で少なくとも1両は運用に入ります。

 

4.モハ16 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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この電車も、もうすぐ引退です。しかしながら、この電車を見るたびに、「もう少し体裁を考えてあげればよかったのに」と思うのですが、これが日立電鉄の哲学と言うか、改造車の美学でした。

 

5.モハ9 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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 モハ9も元気です。この車両は日立電鉄オリジナルの生え抜きです。引退しても末永く保存して頂きたい車両でしたが、なかなか思惑通りにはなりません。

 

6.モハ9 (川中子~常陸岡田:1993年4月)

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  日中の日立電鉄にはこの程度の小型車がちょうど良い感じですが、もうこんな車両は中古車でも手に入りません。ワンマン用の両運車の置き換えはどうなるのか気になっていましたが、まさか営団2000系を切り継いで両運化して持って来るとは思いませんでした。