ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第942話 1993年三井三池:国内炭鉱の終焉を実感

今回は2度目の訪問である、1993年の三井三池炭鉱の様子です。前回訪問からすでに4年が経過していました。前回訪問時の様子は、第259話~第261話をご覧下さい。ところで、その4年間の三池炭鉱の規模縮小は目まぐるしく、もう閉山に向かって店じまいモードでした。

 

1.L型15t 5号機 (三池港:1993年9月)

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今回はまず、撮影許可をもらうため三池港の鉄道事務所に伺いました。対応して頂いたのは鉄道課の課長さんでしたが、前回の訪問時の話などしていたら、話しが弾んでしまい、課長さん直々に構内を案内して頂くことになりました。

 

2.L型15t 5号機 (三池港:1993年9月)

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最初の撮影は超ゲテモノであり、最古級で記念物級のL型15t(注1)の5号機です。この機関車は前回訪問時に見ることも撮影することも出来なかった車両です。今回は事務所の目の前に出ており、しかも塗装も綺麗な状態でした。課長さんのお話では、どうやら5号機の希少価値が認められたそうで、大牟田市のバックアップもあり、わざわざ整備してこの場所で展示しているとのことでした。

 

3.L型15t 5号機 (三池港:1993年9月)

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この機関車は、どこから乗るのか?ドアがありませんが、妻窓から乗り降りするそうです。まあ、この頃にこんなのが現役であるわけがありません。しかし、この機関車は明治時代の舶来品で貴重な車両です。

(注1)L型15t機の車歴

・三池5,6:1908年アメリカ・GE製

L型15t機は、かつて8両在籍していたそうですが、この時点では保管状態で5号機と6号機が残っていました。6号機は未整備とのことでした。

 

4.石炭ホッパー全景 凸型45t 22号機、17号機 (三池港:1993年9月)

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この時点の運炭列車は、三池港から四山にある火力発電所までの短距離輸送しかなく、三池港から宮浦方面への列車は、沿線の三井東圧化学へ発着する貨物輸送や車両入換に使用する機関車の回送程度になっていました。

 

5.凸型45t 17号機 運炭列車 (三池港:1993年9月)

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自社発注の東芝製45t機である18号が石炭満載のセラを牽いてやって来ました。この列車は、四山にある火力発電所行の運炭列車です。運行距離は短いですが、この運炭輸送や、三井東圧化学へのJRからの直通貨物があるため、45t機が残されていました。

 

6.凸型45t 22号機ほか (三池港:1993年9月)

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22号機は西鉄宮地岳線から転籍した、これも東芝製45t機です。1949年製の戦時設計であり、武骨なスタイルの東芝標準機です。

 

7.凸型45t 20号機、凸型22t 1号機ほか (三池港:1993年9月)

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三池港には、凸型22tの1号機もいました。この1号機は国産のモドキではなく、かなり改造を受けていますが、正真正銘1911年シーメンス製の舶来機です。これも記念物扱いの展示車両でした。左の凸型45t 20号機は南海電鉄から移籍した機関車ですが、22号機とは同年製の東芝標準機であり、形態的にも似ています。