1994年当時の阪堺電軌のド派手な広告電車の話題を、第830話~第834話でお伝えしましたが、その1年後の1995年に私は大阪へ転勤となり、堺市の住民となったので、何の因果か再び阪堺電軌に接することになりました。
1.モ301 (安立町:1995年12月)
相変わらずド派手な広告電車には興覚めでした。しかし、この電車の大半が昭和初期の長老であり、よく見ると大変貴重な車両達でした。
各車の車歴については、第831話で触れましたが、旧型のモ121形は元大阪市電の1601形であり、モ161形、モ301形は阪堺のオリジナル車でした。
さて、この日はよほど暇だったのか、阪堺電車の初の沿線撮影に出かけました。ところで、阪堺電車の路線は意外と長く、大阪市内から堺市の浜寺公園まで18.7kmもありました。しかも大阪市内は恵美須町と天王寺駅前の2カ所に起点があり、路線は併用軌道と専用軌道が混在する不思議な路面電車です。沿線の様子も様々で、よって、どこで撮影するか悩みましたが、結論は「危なくないところ!」です。
ここで言う「危なくないところ!」とは、なかなか説明に苦慮しますが、「おっかなくない場所」のことです。もう少し端的な表現をするなら、カメラなど持ち歩けない場所がありました。
そんなわけで、まずは無難に住吉界隈です。ここは南海高野線をオーバーパスする神ノ木~帝塚山四丁目間の専用軌道です。電車はボロですが、なぜか架線柱は大手並みに立派なコンクリート製です。
6.モ171、モ161 (住吉~神ノ木:1995年12月)