ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1113話 1995年津軽:綺麗な桜と煤けた気動車(その4)

客車列車の来ない花見輸送は拍子抜けでした。これから先、機関車だけではなく気動車もいつ壊れるかわかりません。

・・・が、しかし、とうとう津軽鉄道にも新車の話しが・・・。

 

1.キハ22027+キハ22028 (嘉瀬~金木:1995年5月)

津軽鉄道気動車は昭和30年代~40年代製造の車両ばかりです。自社発注のキハ24000形が最終増備されてから、この時点ですでに28年が経っていました。しかし、いつまでも煤けた気動車と言うわけにはいきません。

 

2.キハ22028+キハ22027 (嘉瀬~毘沙門:1995年5月)

この頃、すでに新車は具体化されており、翌年の1996年11月に1次車2両の津軽21形が導入されます。その車両は、ご存知の新潟鐵工所製NDCの寒冷地向け標準車でした。津軽21形は最終的に5両まで増備されてキハ24000形を置き換えました。津軽21形については、第509話をご覧下さい。

 

3.キハ24021+キハ24022 (嘉瀬~毘沙門:1995年5月)

さて、撮影の話題に戻ります。この日はDLが牽引する客車列車が走らないので、もう帰ろうかと言ったところでしたが、せっかく津軽まで来たのでもう少し粘ることにし、更に毘沙門方面に歩きます。

 

4.キハ22027+キハ22028 (毘沙門~嘉瀬:1995年5月)

嘉瀬~毘沙門間は緩やかな丘陵地帯です。このあたりはリンゴ畑と田圃が点在し、線路は築堤と切通しを交互に繰り返して敷かれており、なかなか変化に富んだ区間です。

 

5.キハ22027+キハ22028 (毘沙門~嘉瀬:1995年5月)

国鉄時代のキハ22形は北海道のタラコ塗装の列車しか撮影していませんでしたが、地味な塗装とは言え、やはりツートンカラーの方が格段に写真映えします。

 

6.キハ24022+キハ24021 (毘沙門~嘉瀬:1995年5月)

今回の津軽鉄道訪問は、中途半端に終わってしまいました。翌年には新車も導入されキハ24000形の淘汰が始まります。この時はDL牽引の客車列車もそのうちなくなってしまうのではないかと思いました。よって、改めて撮影に来ようと決めていましたが、その後は訪問せず仕舞いで今日に至ります。現在、気動車津軽21形が活躍しており、辛うじて客車列車も観光用に残っている様です。客車列車の撮影は今がラストチャンスなのかも知れませんが、なかなか津軽は遠く、年齢的に腰も重い現在です。ところで、津軽21形も導入からもう27年が経ちました。いつまでも新車と思っていたら大間違いです。