ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1116話 1995年南海(高野):アオ虫を追い掛けろ!!(その3)

南海電鉄高野線の橋本から先は山岳路線となるローカル線ですが、以前は河内長野~橋本間も紀見峠を越える単線で17m車しか入線できない山岳路線でした。その区間は昭和40年代後半から複線化と線形改良が着手されて段階的に大型車の入線と高速化が進みましたが、この工事は線路改良と言うよりも、ほとんど新線建設に近い大規模なものでした。最後に残った御幸辻~橋本間の完成はこの年の9月で、今回の撮影時期はちょうど工事完成のタイミングでしたが、この区間もほぼ新規路線となりました。

 

1.21000系旧塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

よって、橋本までは大変便利になり、当時私が住んでいた泉北ニュータウンからこの撮影場所まで1時間ほどで行けました。一方、橋本から先は昔ながらで現在に至りますが、この撮影の頃の列車運用は、難波からの急行(橋本~極楽橋間は各駅停車)がほぼ30分間隔で直通しており、「こうや号」も2往復運転されていたので、単線とは言え、列車本数は多く、やはり大手私鉄の路線です。

 

2.21000系旧塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

さて、この撮影場所ですが、距離的に橋本~紀伊清水間の中間あたりです。普段は紀伊清水から1.5kmほど歩きましたが結構面倒です。ある日、橋本から歩いてみました。

 

3.21000系新塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

橋本から歩くと、紀ノ川を渡らなければなりませんが、その橋を渡っていた時、少し離れて並行する南海電鉄の紀ノ川橋梁上を走行する列車を目撃しました。南海の橋梁は一部トラス構造のガーダ橋で石積の橋脚がなんとも古風で立派な鉄橋です。これは、撮影しておこうと、撮ったのがこの写真です。

 

4.21000系新塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

残念ながらアオ虫ではありませんが、2000系でないだけマシです。いずれ、ここでアオ虫を撮影しなければなりません。

 

5.30000系4連こうや号 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

そしていつもの場所です。橋本から歩くと、紀ノ川の橋を渡るため少々迂回しますが、それほど苦にはなりません。それより、橋本から歩けば電車賃が安くなるメリットがありました。せこい話しですが、これ以来この場所に来る時は、橋本から歩くことにしました。

 

6.21000系新塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

さて、季節は11月の晩秋となりました。もう稲刈りも終わって田圃も寂しくなりました。しかし、この時期は天候が安定して、撮影には一番よい季節です。

 

7.21000系旧塗装4連 (紀伊清水~橋本:1995年11月)

夕方になり、農作業の軽トラが現れました。撮影の邪魔になりそうでヒヤヒヤしましたが、こんな時に限ってアオ虫の登場です。幸い軽トラはアオ虫に被ることなく、それなりの写真が撮れました。この日の締めはアオ虫でした。これを撮って再び橋本まで歩いて戻りました。