ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第68話 1986年茨城交通 北海道の帰り道(その3)

大館から乗った上野行の急行「津軽号」は上野まで13時間近くかかります。急行ではありますが14形客車で簡易リクライニングシートなので特急車並みです。しかし座席車で座りっぱなしは非常に辛く、ほとんど眠れません。耐えきれなかったわけではありませんが、小山で下車し水戸線に乗り換えて勝田へ。

 

1.元留萌のキハ22形2連 (中根:1986年3月)

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茨城交通は昨年5月の訪問以来です。(このブログの第35,36話をご参照下さい。)

特に茨城交通の車両が見たかったわけではありませんが、7時過ぎに勝田に到着し足の向くまま茨城交通の中根で降りました。ちょうどラッシュ時ですが、この日は土曜日。春休みなので4連の通学列車も走りません。おまけに天気も曇りで、気合も入りませんでした。

 

2.元留萌のキハ22形2連 (中根:1986年3月)

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 最初にやって来たのは、前面の旋回窓が特徴の元羽幌炭鉱鉄道の2連です。

幻滅だった気動車の白装束にも慣れてきました。つい一昨日まで北海道にいましたが、国鉄のキハ22形よりこちらの方がよほど北海道らしい車両です。

 

3.凸凹編成の3連 (那珂湊~中根:1986年3月)

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荒涼とした田園地帯ですが、あと1か月後には田植えが始まります。

続いてやって来たのは、キハ11形+キハ1103+キハ22の凸凹3連です。こういうのが面白くてわざわざここまで来たようなものです。先頭車のキハ11形の車体幅が2両目より狭いのが良くわかります。

 

4.凸凹編成の3連 (中根~那珂湊:1986年3月)

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できれば中間のキハ1103を先頭に出してもらいたかったのですが、なかなか湘南マスクは先頭に出てきません。

土曜日のラッシュ?はあっけなく、このあとはもう単行になってしまうので、次の鹿島鉄道に移動です。 

 

6.鹿島臨海キハ2003 (水戸:1986年3月)

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 鹿島鉄道へ移動途中、水戸で見かけたのが鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の車両です。

鹿島臨海鉄道大洗鹿島線は1985年3月に開業したばかりの新しい路線でした。私は国鉄が切り離した地方路線などの新規路線には全く興味がありませんでしたが、なかには新車の資金調達が間に合わず、国鉄の古い車両を借用または譲受して対処するケースがありました。この鹿島臨海鉄道国鉄の転換路線ではありませんが、全ての車両が新車で開業を迎えることができず、国鉄のキハ20形を4両譲受しました。

そんな国鉄天下りのキハ20形の写真をなぜか1枚撮っていました。正直、私にとってはどうでも良い車両ですが、あえて投稿したのは、この車両が後に茨城交通の主力車に転じたからです。国鉄キハ20形は全国に大量にばら撒かれた車両ですが、いよいよ一線を退き、第二の奉公をする時期がきました。その先駆けとなったのが鹿島臨海のキハ2000形でした。