ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第139話 1980年岡山臨港 その後の山陽路非電化私鉄(その5)

今回はこのシリーズの最終回です。

1980年の夏休みに、岡山電軌、岡山臨港鉄道、下津井電鉄を早回り撮影しました。今回はその時の岡山臨港鉄道をご紹介します。

このシリーズでは、1978年に強行した山陽路の非電化私鉄早回りのその後の様子をお伝えしていますが、一番変化していたのが岡山臨港鉄道でした。それは、水島臨海鉄道から元夕張鉄道の湘南型気動車をごっそり譲受し、車両の増備を図ったからです。一方水島臨海鉄道も放出した気動車の代わりに、国鉄からキハ10形を導入し、こちらも同様に変化はありましたが、国鉄の中古車には全く興味が沸かず、足が向きませんでした。

 

1.まだ健在だった元江若のキハ5001 (南岡山:1980年7月)

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1978年の早回り(第19話)では庫内で撮影できなかったキハ5001(注1)でしたが、この時は外に出ていました。第19話でも触れましたが、この車両は廃止となった江若鉄道から1970年に兄弟車のキハ5002と共にやって来ました。キハ5001は、江若時代の1960年に根本的な車体更新を受けており、その際に実施された整形手術に失敗してこんな鉄仮面になってしまいました。これが関東鉄道であったら間違いなく、関東流の切妻食パン顔になっていたと思いますが、流線形に対する江若の拘りが不思議です。ちなみにこの改造は、ブサイク車両の改造では右に出るものがいない、あの大鉄車輌によるものです。 

(注1)キハ5001の車歴 岡臨キハ5001←江若キハ12:1937年日本車輌

 

2.キハ5001 (南岡山:1980年7月)

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ところで、岡山臨港の気動車はキハ7000形導入を機に塗装が変わっていました。以前はオーソドックスな朱色とクリーム色のツートンカラーでしたが、窓下に青帯が追加されて前面が金太郎塗りになっています。朱色も明るくなった様な気がします。 

 

3.キハ7002貫通面 (大元:1980年7月)

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さて、この片眼の食パン顔をした車両ですが、この車両こそ水島臨海鉄道から払い下げとなった元夕張の湘南型気動車です。しかしこの顔はこの車両が夕張にいた頃からのもので、元々連結使用されていた連結面の簡易運転席側の顔です。水島臨海時代はDTDの3連で使用されていたので、この顔は表に出ることがなかったわけですが、岡山臨港に来て 単行運転となったので簡易運転席が本使用されることになり、このけったいな前面をさらけ出すことになりました。

 

4.キハ7002非貫通面 (大元:1980年7月)

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こちらが本来の湘南顔である前面です。

この車両には水島臨海時代には乗車できず、この日初めて岡山臨港鉄道で乗車が叶いました。 車内は夕張時代の転換クロスシートが使用されていましたが、転換機構はロックされ固定クロス化されていました。しかし、炭鉱鉄道が裕福な時代に導入したロマンスカーは、30年以上たった岡山の地で健在でした。

 

5.キハ7002 (南岡山:1980年7月)

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この元夕張の湘南気動車は、1978年に水島臨海から全車3両が譲渡され、形式は新たにキハ7000形となりました。水島臨海時代はDTDの3連で使用されていたので、中間車のナハニフ153も余計なおまけで岡山臨港に来てしまいましたが、 岡山臨港では単行運転が基本だったのでナハニフ156は入籍せず解体されました。

(注2)キハ7000形の車歴

・岡臨キハ7001←水臨キハ303←夕張キハ252:1955年新潟鐵工所

・岡臨キハ7002←水臨キハ304←夕張キハ253:1956年新潟鐵工所

・岡臨キハ7003←水臨キハ301←夕張キハ301:1958年新潟鐵工所

夕張の車両は全て湘南顔ですが、キハ301,302は新製時から連結運転用に片側貫通として製造され、連結面に簡易運転席を設けていました。キハ252,253はもともと両運車でしたが、夕張時代に連結使用のため片側貫通化し、その際に連結面に簡易運転席を設けました。

なお、夕張時代キハ301,302は中間にナハニフ156を挟んで3連の総括制御編成を組み、このDTD編成はそのまま水島臨海に移籍してそのまま使用されましたが、キハ302が踏切事故で廃車となり、キハ304がDTD編成に充当されました。水島臨海ではキハ303が1両余りましたが、水島臨海にはキハ320,321などの両運車がいたので、簡易運転席付きのキハ303はほとんど単独では使用されず、DTD編成の予備車的存在でした。

 

6.キハ7002 (南岡山~岡南元町:1980年7月)

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岡山臨港では簡易運転席が常用されました。なんだかバックで運転しているようです。

かわいそうなのが、この簡易運転席で実際に運転していた運転士さんです。まともな運転席ではなく非常にせまかったので、太った運転士さんは入れなかったのでは?路線長が短く運転時間も短かったので、運転士さんも苦にはならなかったのかも知れませんが、この簡易運転席はもともと車両の入換用に準備されたもので、夕張鉄道時代ではありますが一般運転用によく認可されたものだと思います。 

なお、キハ7000形の簡易運転席は、キハ7001と7003が大元寄り、キハ7002が岡山港寄りに設置されていました。

 

7.キハ1003 (南岡山:1980年7月)

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キハ7000形の導入で機械式気動車だったキハ1003はてっきり廃車になったのかと思いましたが、塗装も新たにしっかり存在していました。当時の岡山臨港の在籍車の陣容ではこのキハ1003は、予備車の予備と言ったところですが、小型で使い勝手が良かったののか大事に庫内に鎮座していました。

ところでこの車両は5年後、偶然和歌山の紀州鉄道で再会することになりました。その時の話は第47話をご参照下さい。 

 

8.キハ5002廃車体+ナハニフ156廃車体 (南岡山:1980年7月)

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 そして、キハ7000形導入の犠牲となったのが、元江若の流線形気動車だったキハ5002です。兄弟車のキハ5001が残ったのにキハ5002は哀れです。

やはりキハ5001はブサイクとは言え、車体更新されていたことが残った理由です。それにしても2年前の元気な頃の姿が偲ばれました。

また、キハ5002の後ろに写っているのは水島臨海からおまけでやって来た元夕張のナハニフ156です。この車両も余剰車として岡山臨港の門前払いに遭い、未入籍のまま解体されてしまいました。

また貴重な車両が消えて行きました。

さらにその後の山陽路の非電化私鉄は、国鉄の貨物合理化の煽りによって、1984年1月に別府鉄道が廃止となり、同年12月には岡山臨港鉄道も廃止となりました。残った同和鉱業片上鉄道も鉱山閉山に伴い1991年6月で廃止となり、残ったのは今も健在である水島臨海鉄道のみです。

私にとって1980年の訪問が、別府、岡臨の最後の訪問となりました。私の青春時代を共にした山陽路の非電化私鉄は、インスタントカメラの不鮮明な画像の中だけで健在ですが、このブログを通じて少しでも興味を持って頂ければ、当時の私は報われます。