ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第456話 1989年JR(鶴見):工場地帯のチャバネゴキブリ(その2)

鶴見線の撮影ポイント探しは大変でした。なにしろ工場の間を通っているので、線路に近づける場所が少なく、運河が行くてを阻みます。

 

1.クモハ12052 (安善~浅野:1989年4月)

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 さんざん歩いて苦労の末の写真がこれです。ここは浅野~安善間のにある運河に掛かる鉄橋ですが、鶴見線の鉄橋はこの様に上路ガーダータイプが多く、足回りが見えません。

 

2.クモハ12052 (新芝浦~海芝浦:1989年4月)

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 この写真は、京浜運河沿いの有名な撮影ポイントです。新芝浦駅のホームから撮ったものですが、電車の走っている場所は、東芝の工場内なので、この先は立ち入ることはできません。線路は複線のように見えますが、複線区間はこの新芝浦までで、この先は左側の線路のみの単線区間となり、右側の線路は東芝構内に続く側線です。

 

3.101系3連 (浅野~安善:1989年4月)

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  ところで、当時の鶴見線の主力は、この黄色い101系でした。まだ103系ではありません。101系も首都圏ではもう鶴見線くらいしか走っていませんでした。

 

4.101系3連 (浅野:1989年1月)

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鶴見線の101系は3両編成でした。それでも日中はガラガラで、休日にいたっては運休にしても良い程の輸送需要です。よって、クモハ12形の単行が大活躍となりました。

 

5.101系3連 (浅野~安善:1989年4月)

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いつの間にか、鶴見線の101系の話題になってしまいました。

茶色い電車は本数が非常に少ないので、気が付けばどうでもよい101系の写真も結構撮っていました。撮影ポイントのロケハン時に、確認のためこんな試し撮りをしていました。非冷房の101系は今となっては懐かしい写真となりました。

 

6.101系3連 (安善~浅野:1989年4月)

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 この写真も試し撮りです。当時は適当に撮っていたので、車両の番号も控えていませんでしたが、年月が経てば立派な記録写真です。その後、ここを走る電車は103系となり、現在は205系になっています。