ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1067話 1994年下津井:廃止から3年後を歩く(その3)

今回は1994年当時の下津井駅構内跡に残る保管車両の様子をお伝えします。下津井駅構内跡は、敷地の全周をフェンスで囲まれており、フェンスの中には入れませんでした。よって、保管車両に近寄ることが出来ず、写真は全てフェンス越に望遠で撮影したものです。この構内跡には下津井バスも置かれていましたが、バスの写真はありません。

 

1.モハ2001、モハ103、モハ1001他 (下津井構内跡:1994年3月)

保管車両が安置されている場所は検修庫ではなく、かつて下津井電鉄が観光化に走っていた頃に植物園だった建物です。こうして見ると収納ケース内の模型車両の様です。

 

2.モハ2001、モハ103、モハ1001他 (下津井構内跡:1994年3月)

すでに建物の屋根は抜け落ち、荒廃が進んでいましたが、電車の状態はまだ大丈夫そうです。ここに押し込められた車両ですが、2000系メリーベル号、モハ103+クハ24、モハ1001、クハ5、元井笠鉄道ホジ3、有蓋貨車1両、無蓋貨車1両でしたが、近づけなかったので、貨車の番号が確認できませんでした。

 

3.クハ5 (下津井構内跡:1994年3月)

貴重な元ガソリンカーだったクハ5も状態は良さそうです。その後ろは元井笠鉄道ホジ3ですが、他社の車両も見捨てずに保管されていたことに感謝です。井笠鉄道はこの頃はバス会社として存続しており、いずれはこのホジ3を引き取って保存して欲しいと願っていましたが、バス会社の経営に行き詰まり倒産してしまい、もうホジ3の引き取り手がなくなってしまいました。現在は、下津井駅構内跡の保管車両はボランティアの手で維持管理が行われており、別府鉄道キハ2同様に有難い話です。

 

4.ホトフ6 (下津井構内跡:1994年3月)

下津井構内跡には、無蓋貨車のホトフ6が露天留置されていました。状態は良さそうですが、ホトフ6は1972年の茶屋町~児島間廃止時に廃車となった車両ですが、いつ復活したのか?

 

5.ワフ2+ホト?(下津井構内跡:1994年3月)

そして他にも露天留置の車両がいました。この屋台風の奇妙な車両には見覚えがありました。

 

6.ワフ2 (下津井構内跡:1994年3月)

一見、有蓋貨車のようなこの車両はワフ2を名乗りますが、架線作業用の保守車両でした。トロッコの様な格好で現役時代から馴染みのある車両でした。

 

7.ホト?+ワフ2 (下津井構内跡:1994年3月)

ワフ2の手前の無蓋貨車は、アオリ戸が開いており、車号が確認できませんでした。この無蓋貨車にはブレーキハンドルがないので形式上は、ホトのはずです。全線廃止時に在籍していた貨車は、ワフ2,ホトフ5,ホト1、ホト8の4両でしたが、ホト1とホト8はコンビを組んで長物車としてフラットカーになっていたはずですが見当たりません。もしかして、この無蓋貨車(ホト)とホトフ6は、ホト1、ホト8を廃止後に流用したものかも知れません。

 

8.児島~茶屋町間廃止記念乗車券

最後に、手持ちの記念乗車券です。これは、1980年に現地訪問した際に下津井駅で押し売りにあったものです。廃止区間の乗車券なので期限切れで使用することも出来ませんが、値引きなし!!しかし、券面の写真がなんとも軽便らしく、寄付のつもりで購入しました。恐らく、同じ様に押し売りに合った方は結構多いのではないかと思います。

さて、廃止後3年となる下津井電鉄の様子は以上です。その後はすっかりご無沙汰しておりますが、廃線は遊歩道となり現在も一部の架線柱は残されている様です。下津井構内跡はボランティア団体による下津井電鉄保存車両の整備拠点として現存していますが、モハ103+クハ24はご存知の通り、クハ24だけが下電ホテルに引き取られてホテルの設備を兼ねて展示されています。なによりもボランティア団体による保存活動の末永い存続を願っています。