ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第666話 1992年黒部峡谷:雨が降ったら黒部(その3)

この日は、初めて黒部峡谷鉄道に乗ることにしましたが、その前に宇奈月にある山彦橋で列車撮影です。車両が小さいのでほとんどが望遠撮影となりましたが、天気が悪かったので露出が厳しく、ピントも甘い最悪の画像になってしまいました。

 

1.山彦橋を渡るDD23牽引の貨物列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 黒部峡谷鉄道宇奈月を出るとすぐにトンネルを抜けて黒部川にかかる山彦橋を渡りますが、この橋がいきなり黒部峡谷を物語っています。この山彦橋は2代目の橋梁で、少し下流側の低い位置にある道路化された橋梁が初代の黒部橋です。

 

2.DD23牽引の貨物列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 ちょうどやって来たのはDD23が牽引する貨物列車でした。初っ端からレアな列車を撮影できましたが、こういう観光列車でないのが興味を引きます。

 

3.山彦橋を渡るED形牽引の作業員輸送列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 続いて高い位置に移動しました。ここは展望台になっており、山彦橋を渡る列車が間近に見ることができます。続く列車は関西電力の作業員輸送列車です。

 

4.山彦橋を渡るED形牽引の作業員輸送列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 この列車には、複数の種類の客車やモーターカーまで連結されており、楽しい凸凹編成でした。ところで、天気は悪かったですが、紅葉が素晴らしかったです。晴れていれば絶景の撮影になりますが、晴れていればここには来ません。

 

5.山彦橋を渡るED形牽引の旅客列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 少し位置を移動して、上流側から山彦橋を俯瞰しました。

やって来たのは旅客列車で、遊園地のおとぎ列車そのものです。白い密閉型客車は2500系客車(注1)です。電気機関車重連で密閉型客車6両とオープン客車7両を牽引しますが、こんな列車がピーク期には6本ほどフル稼働し、併せて関西電力の貨物列車や作業員輸送列車も合間を縫って走っており、単線ですがかなりの高頻度運行が行われていました。

 

6.山彦橋を渡るED形牽引の旅客列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 写真には3本の橋梁が写っていますが、真ん中の橋梁が初代の黒部橋です。

(注1)2500系客車(ボハ2500形、ボハフ2500形)の車歴

黒部峡谷ボハ2502~2505:1988年アルナ工機

黒部峡谷ボハフ2501,2006:1988年アルナ工機

2500系客車は、2000系客車の改良版です。座席が転換クロスシート化され、リラックス車として更なる特別料金が必要な車両ですが、お金持ちの観光客相手に、その後も増備されました。また、関西電力専用車もいつまでも2軸貨車改造のオープンカーでは問題視されたのか、2000系客車と同形の2250系客車(ボハ2550形、ボハフ2250形)が増備されました。

なお、1990年には2500系客車の更なる改良版である、天窓付きの2800系客車が増備されましたが、諸般の事情で1編成のみの導入でおわりました。

 

7.山彦橋を渡るED形牽引の貨客混合列車 (宇奈月柳橋:1992年11月)

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 関西電力の貨客混合列車が、奥地に向かって行きました。これも愉快な編成です。この編成の中央あたりに連結された大型の密閉型ボギー客車は、1987年にボハ2033から関西電力専用車に改造されたボハ2100です。外観上はほとんど変わりませんが、一応VIP車?なのか、転換クロスシート化され、自動式の側引き戸が、手動式の折り戸に変更されました。