ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第988話 1989年筑豊界隈:「なまずた」に会いに行く

当ブログの番外編などでもお伝えしましたが、私は炭鉱などで使用された小型の凸型電機に興味があり、若い頃その模型化に取り組んでいました。しかし、当時は参考となる資料がほとんどなく、数少ない情報を頼りに現地へ行き、現物の保存車などをスケッチして採寸するのが精一杯でした。例えば、当時の「とれいん誌」に掲載されていた筑豊炭田にあった三菱鉱業鯰田(なまずた)炭鉱の凸電もその一つでした。

 

1.「とれいんNo.135  1986年3月」より引用

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申し訳ございませんが、古い資料なので「とれいん誌」の該当ページを転載させていただきましたが、こういう記事を見ると血が騒ぎました。しかし、九州は遠く、当時学生だった私には、その後の行動が伴わず、この凸電を実見したのは社会人になってからでした。今回は「なまずた」に会いに行った話題です。

 

2.大之浦炭鉱:斜坑用人車と救急車の編成 (直方市石炭記念館:1989年9月)

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「とれいん誌」によれば、福岡の直方にある「石炭記念館」に「なまずた」が保存されているとのことでした。1989年の9月に福岡へ出張があり、ちょうど金曜日で仕事が終わったので、自腹で一泊して翌日は朝から三池炭鉱、西鉄200系を撮影し、直方に辿り着いたのはもう夕方でした。目指す「石炭記念館」は、JR直方駅に近い丘の上にありました。

 

3.下山田炭鉱:斜坑用救急車 (直方市石炭記念館:1989年9月)

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もう陽が暮れそうだったので、ダッシュで「石炭記念館」へ駆け込みましたが、無情にも開館時間に間に合いませんでした。しかし、お目当ての「なまずた」は屋外展示だったので、とりあえずセーフでした。

 

4.鯰田炭鉱:坑外運搬用5t電気機関車と鉱車 (直方市石炭記念館:1989年9月)

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これが「なまずた」の正体です。三菱電機製の凸型機で軌間610㎜の炭鉱ナローです。当時の採寸によると、車体(台枠)長が2950㎜、車体(台枠)幅が950㎜、車体(屋根)高さが約2600㎜。おそらくパンタを上げた高さは4m程になると思います。手持ちの1mの巻き尺で図ったので、正確ではありませんが、この機関車を1/80で模型化すると車体幅が12㎜弱となり、当時購入できた一番小さいモーター(キドマイティーⅢ)がギリギリ入る大きさでした。しかし、この機関車の模型化は実現していません。

 

5.鯰田炭鉱:坑外運搬用5t電気機関車 (直方市石炭記念館:1989年9月)

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この機関車は、雑草が生い茂る崖っぷちの、非常に撮影しにくい場所に展示されていました。「とれいん誌」の写真の場所にはコッペルが展示されており、隅っこに追いやられてしまった様でした。

 

6.大之浦炭鉱:坑内用6.5tディーゼル機関車 (直方市石炭記念館:1989年9月)

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ところで、「石炭記念館」には、「なまずた」の他にも筑豊の炭鉱で活躍した車両やら機材などが数多く展示されていました。皆同じ薄い水色に塗られていましたが、実際は各車異なった塗装だったと思います。オリジナルの塗装では維持管理が大変なのでしょうか。いずれも雨ざらしで相当痛みが目立っていました。ちなみに「石炭記念館」の入場料金は大人80円でした。なんとも浮世離れした料金ですが、一応直方市の施設です。こんなマイナーな施設がよく維持できていると感心しましたが、かつて筑豊の一大産業だった炭鉱の歴史を伝える貴重な施設なので、税金が投入される価値は十分あると思います。

 

7.芳雄炭鉱:ロッカーショベル (直方市石炭記念館:1989年9月)

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この写真は、ロッカーショベルという坑道の掘削土砂を改修する機材ですが、車輪が付いており、車両なのか土木機械なのかよくわかりません。

 

8.上三緒・芳雄炭鉱:2.4tエアーロコ (直方市石炭記念館:1989年9月)

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そして、このタンクのバケモノは貨車(タンク車)ではなく機関車です。日本開発機製のエアーロコという圧縮空気を駆動源とする防爆用の坑内機関車とのことです。1回の空気チャージで400~500m位しか走れないそうですが、どれほど役になったのか?

 

9.上三緒・芳雄炭鉱:2.4tエアーロコ (直方市石炭記念館:1989年9月)

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どう考えても走っている時間より、空気チャージの時間の方がはるかにかかっていた様に思えます。

この日は肝心の「石炭記念館」には入館できませんでした。このリベンジは1993年に果たします。