ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第359話 1987年茨城交通:夏の陣

私が社会人になった最初の夏休みに、海水浴を兼ねて茨城交通を訪問しました。

私の幼少の頃、夏休みと言えば海水浴に行くことが庶民のステータスでした。その頃の子供たちは、お盆に帰省する田舎で海水浴に行った事を日記に書けば、胸を張って2学期が迎えられたものですが、田舎のない都会人は、とりあえず湘南か内房あたり、少しお金のある人は外房か伊豆へ行くのが定番でした。しかしどこの海水浴場も芋洗い状態の混雑で、おまけに東京湾岸あたりは「汚い!」に尽きました。ところが意外と穴場だったのが阿字ヶ浦でした。

 阿字ヶ浦は、東京から少し離れていますが、1987年当時はまだ上野駅から阿字ヶ浦行きの海水浴臨時列車が残っていました。

今回は、そんな臨時列車が行き交う茨城交通の「夏の陣」の話題です。

 

1.キハ221+キハ2004+キハ222 (中根~金上:1987年7月)

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この時期、茨城交通は1年分を稼ぐ勢いで列車が走りました。ちょうど正月の初詣輸送でお祭り騒ぎの一畑電鉄の様でした。

 

2.キハ1103+キハ111+キハ113+キハ112 (中根:1987年7月)

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元留萌の湘南気動車キハ11の4連がやって来ました。

先頭のキハ1103は、せめて金太郎塗りくらいにして欲しかったですが、普段はなかなか見ることができない異種混結編成です。こういうのが病みつきになります。

 

3.キハ1103+キハ111+キハ113+キハ112 (那珂湊~中根:1987年7月)

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 列車は朝から3連、4連で、ピーク時は5連にもなりました。とにかく連結できる車両は片っ端につないでフル稼働です。
こういう時は、総括制御の可能な国鉄仕様の気動車は便利でした。 

 

4.キハ221+キハ2005+キハ2004+キハ222 (中根~金上:1987年7月)

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 続いて、元羽幌と元留萌の似た者キハ22形モドキの4連がやって来ました。

しかし、新旧塗装の混結で目がおかしくなりそうなビジュアルです。

 

5.JR快速あじがうら号のキハ28形、58形3連 (中根~金上:1987年7月)

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 そして、場違いな国鉄気動車の3連も登場です。この列車は、はるばる上野からやって来たJRの直通臨時快速「あじがうら号」です。

この当時キハ58系は、まだそこら中に走っていたので、ちっとも珍しくもなく、つまらない車両でした。しかし、この時期よくぞJRがこのような臨時列車を残していたものです。一応敬意を表して撮影しました。