ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1369話 1995年高松琴平:志度線の凸凹編成を撮る(その3)

志度線春日川橋梁は春日川の河口にあり、ほとんど瀬戸内海の入江のような場所です。ちょうど満潮となり河口らしい風景になりました。陽の向きも真横になったので、並行する道路橋へ移動して撮影を続けました。

 

1.850+65 (潟元~春日川:1995年8月)

道路橋は志度線と100mほど離れて並行しています。志度線の鉄橋よりもやや高い位置に架けられているため、列車を少し見下ろす感じで何枚も連写でき、ついついフィルムを浪費してしまいます。

 

2.345+230 (春日川~潟元:1995年8月)

ところで、道路橋はとても立派でした。並行する志度線の鉄橋がとても貧相に見えました。この橋梁の架け替えが完成したら、志度線にも大型車の入線が可能となり、1080形などの18m車が転属してくると思われました。そうなれば、この様な凸凹編成もなくなってしまうので、もうここに来ることもなくなるだろうと思いました。

 

3.27+28 (春日川~潟元:1995年8月)

少し大きな30形が来ました。少し大きいだけですが、橋梁がとても華奢に見えます。華奢と言うか、危なそうです。これを見ると志度線に30形よりも大型車が入線できないことに納得です。橋梁の架け替えが必要であることも理解できます。

 

4.345+230 (春日川~潟元:1995年8月)

先ほどから30形よりも雑多編成の方が頻繁にやって来ます。雑多編成は2編成とも志度まで行かず、八栗折返しの運用の様です。よって、この区間の運行頻度が高くなり、もう十分に撮影できました。

 

5.65+850 (春日川~潟元:1995年8月)

陽の向きは更に変わって瓦町寄りのモハの顔を照らし始めました。この向きになるとバックに屋島が写ります。

 

6.65+850 (春日川~潟元:1995年8月)

背景は屋島です。写真の右端には橋梁の掛け替え工事が迫っています。もう屋島をバックにまともな写真が撮れるのも今回が最後かも知れませんでした。