ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第656話 1994年一畑:黄砂舞う春の日

1994年は仕事の関係で広島に滞在していたため休日を利用して西日本のローカル私鉄を彷徨していました。この年、3月末で野上電鉄がなくなると、琴電一畑電鉄に出向く回数が増えました。今回は4月のある土曜日に広島からバスに乗り一畑電鉄を訪問した話題です。

 広島から出雲市までは高速バスの「みこと号」で3時間ほどです。これがJRだと、岡山経由の新幹線と伯備線乗り換えで約4時間で料金も高く、芸備線木次線利用では接続も悪く移動だけで1日終わってしまいます。やはり陰陽連絡はバスが優位と言うか、逆に芸備線木次線は勝ち目もなく全くやる気なしです。

よって、広島バスセンターを朝出発して出雲市には昼前に到着しました。本当は前日の夜に移動したかったのですが、仕事の都合で朝移動となり、その結果、朝のデハニを含む旧型3連が撮影できませんでした。 

 

1.クハ172+デハ72 (大津町~武志:1994年4月)

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一畑電鉄は、1993年の正月に訪問して以来、1年3ヵ月ぶりでしたが、今回は初めて正月輸送ではなく普段の素顔の一畑電鉄です。やはり正月輸送は特別で、普段の一畑電鉄はおとなしい鉄道でした。

 

2.クハ182+デハ82 (大津町~武志:1994年4月)

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まずは、出雲市から川跡まで歩いて撮影です。

最初の撮影は70系でしたが、普段の日はラッシュ時を外すと80系ばかりでなんとも味気ない状況でした。

 

3.デハ3 (高浜~川跡:1994年4月)

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 続いて、確実に旧型車が撮影できる大社線に出向きました。正月の大社線は本線からの直通車で賑わいますが、普段の日はデハ1形の単行が線内をピストン運行となります。

 

4.デハ3 (高浜~川跡:1994年4月)

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 この日の大社線はデハ3が充当されていました。大社線の沿線は一面広大な田園地帯ですが、まだ田植えの準備が始まったばかりです。

 

5.デハ3 (高浜~川跡:1994年4月)

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大社線の沿線には、立派な屋敷森が点在しています。 古風な車両と屋敷森がよくマッチします。 

 

6.デハ3 (高浜~川跡:1994年4月)

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 ところで、どうも画像が鮮明ではありません。最初は春霞かと思っていましたが、これは黄砂の様です。黄砂は関東地方ではあまり馴染みがありませんが、偏西風に乗って中国の黄河流域から飛んでくる微粒の砂です。最近では砂ばかりではなくPM2.5に代表される有害物質まで飛んで来る厄介なヤツですが、こんな日に黄砂とは、日頃の行いが悪かったのか・・・。