石岡機関区には廃車となった湘南型気動車が集結していました。まだ廃車になったばかりなので、現役車の様ですが、全車両を確認できたのはこれが最後でした。
1.石岡機関区全景 (石岡:1993年4月)
それはさておき、営業から戻って来たキハ602の塗装には愕然としました。何とKR500形と同じ塗装です。そう言えば、前回訪問した時にはキハ432もこの塗装に塗られていました。この時車庫にいなかったのは、キハ431,キハ432,キハ601ですが、恐らく全部が新塗装になっている様でした。そうなると、唯一残ったキハ714もいずれは新塗装になるのか?このあと、重い気持ちで沿線撮影に出向きました。
2.KR501 (四箇村~常陸小川:1993年4月)
この日は天気が良くなかったので、運賃を節約して常陸小川で下車しました。最初はNDCがやって来ました。この光景も日常的になってしまいました。KR500形は4両となったので、嫌でも撮影頻度が高くなりました。
3.キハ432+キハ431 (常陸小川~小川高校下:1993年4月)
珍しくキハ430形の2連が来ました。やはり2両とも新塗装です。この2両の新塗装は想定はしていましたが、もう少し何とかならなかったのか?。しかし、キハ600形に比べればまだましです。
4.キハ432+キハ431 (常陸小川~小川高校下:1993年4月)
よくよく考えると、この気動車の白装束は、かの東武熊谷線キハ2000形を彷彿とさせていました。ちなみに、このキハ430形は東武熊谷線キハ2000形と同じ東急車輛製の後輩車両です。東武熊谷線キハ2000形については、当ブログ第99話をご覧下さい。
5.キハ431+キハ432 (常陸小川~小川高校下:1993年4月)
たしか熊谷線の白装束は東武カンパニーの一環で塗装経費を切り詰めたものでしたが、こちらは逆です。あまりインパクトのある塗装ではありませんが、間違いなく腰帯のマスキングに手間が掛かっています。それにしても、この新塗装の何が良いのか全く理解できませんでした。鹿島鉄道さんはよほどこの新塗装がお気に入りの様でしたが・・・。
6.キハ601 (四箇村~常陸小川:1993年4月)
最後に確認したキハ601も新塗装になっていました。正直これには、茨城交通の白装束塗装以上にショックでした。昭和ノスタルジーも終わってしまったのか、とうとう、鹿島鉄道も俗化してしまいました。そして、旧塗装で残るキハ714が非常に心配でした。