ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1420話 1996年北陸(浅野川):モハ3563が走った日(その2)

モハ3563の営業運転は滅多にありません。おそらく今回の走行が、古き良き浅野川線に対する最後のはなむけになったと思います。

 

1.モハ3563+モハ3551+クハ1001 (蚊爪~粟ヶ崎:1996年11月)

ところで、モハ3563のおさらいですが、この車両は遡れば、今は亡き北陸鉄道加南線の前身である温泉電軌発注の、1937年木南車輌製デハ19(注1)でした。車歴の詳細は第51話をご覧ください。

(注1)モハ3563の車歴は文献により諸説あるようです。どれが正しいのかよくわかりませんが、過去の経緯から1941年に発生した温泉電軌の車庫火災による車両焼失により、1942年に復旧した車両(実態は新製?)にモハ3563の前身となった車両が含まれています。焼失前の車歴を引きずっていることから、車歴があいまいになった様です。

 

2.モハ3563+モハ3551+クハ1001 (蚊爪~粟ヶ崎:1996年11月)

北陸鉄道では、昭和30年代から電車の更新を自社で行い、独特の改造車美学を築きましたが、このモハ3563はブサイク化を免れて、火災復旧後の原形を比較的保っていました。

まあ、前面窓のHゴム支持はご愛嬌と言ったところです。晩年は昇圧車両導入に伴うホームの嵩上げに合わせて、ステップの切り詰めを行ったので、ちょっと違和感あるスタイルになりましたが、これも時代の流れによるものと諦めて撮影するしかありません。

 

3.モハ3551+クハ1001+モハ3563 (大河端~三ツ屋:1996年11月)

午後もモハ3563を増結した3連は走りましたが、こんどは、連結位置を変更して内灘寄りに連結されました。これは北陸鉄道さんのご厚意によるものだそうです。しかし、天気が危うくなってきました。

 

4.モハ3551+クハ1001+モハ3563 (大河端~三ツ屋:1996年11月)

秋の北陸地方は一日天気がもつことはないと言っても過言ではありません。まあ、陽の射している時に思う存分撮影できたので、あとは野となれ山となれです。

 

5.モハ3563+クハ1001+モハ3551 (粟ヶ崎~蚊爪:1996年11月)

再び大野川橋梁ですが、モハ3563の連結位置に合わせて、今度は粟ヶ崎寄りから撮影です。この時、モハ3563の連結位置が変更された理由がわかりました。よく見ると、こちらの前面にはスノープローが付いてます。モハ3563は冬季は除雪車として、スノープローを付けていました。今年は雪の降る前に引退となりますが、北陸鉄道さんの粋な計らいでした。

 

6.モハ3563+クハ1001+モハ3551 (粟ヶ崎~蚊爪:1996年11月)

そして、最後はスノープロー付きの急行です。小雨がぱらつくなか、3連は内灘に戻って行きました。

これが、浅野川線昇圧前の最後の撮影となりました。モハ3563は昇圧後も補助金の関係で廃車されずにしばらく残ったそうですが・・・・結局、解体処分となりました。ご存知の通り、浅野川線は1996年12月に昇圧されて元京王井の頭線3000系に車両統一されました。その車両もすでに廃車となり、現在は元東京メトロ03系が走っているそうですが、私は昇圧後の浅野川線に未だ出向いたことがありません。