ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

第1427話 1997年十和田観光:南部縦貫のついでに!(その3)

この頃の十和田観光電鉄は、すでにバス会社の一部門と言った感じでした。なんだか下津井電鉄新潟交通を思い出しますが、名前は残っても、往々にして鉄道部門はなくなってしまうケースがほとんどです。十和田観光電鉄もご多聞に漏れず、鉄道路線を廃止しましたが、これは東北新幹線の影響が大きかったようにも思えます。なぜなら、三沢に東北新幹線の駅が誘致できなかったから・・・。

 

1.クハ4406+モハ3803 (柳沢~大曲:1997年4月)

この日の十和田観光電鉄の撮影は、七百から柳沢を過ぎて大曲まで歩きました。しかし、沿線風景はほとんど変わりません。電車は相変わらず用水路沿いを走ります。そう言えば、現在はこの辺りを東北新幹線が通っているはずです。

 

2.クハ3810+モハ3811 (柳沢~大曲:1997年4月)

この頃はまだ東北新幹線が盛岡までしか開通していませんでした。東北新幹線の青森までの開通は2010年12月なので、まだ13年後のことですが、私はてっきり三沢付近に新幹線の駅が出来て、状況によっては十和田観光電鉄に接続するのではないかと思っていました。

 

3.クハ3810+モハ3811 (柳沢~大曲:1997年4月)

地図を確認すると、東北新幹線十和田観光電鉄の七百付近で交差しており、その交差点に新幹線が停まれば十和田観光電鉄に活路が開けたかも知れません。しかし、新幹線の駅は七戸の南部縦貫鉄道が走っていた営農大学近くにできました。すでに南部縦貫鉄道は走っていませんし、そこに何があるのかわかりませんが、十和田観光電鉄の沿線の方が人口は多い様に思います。結局、新幹線に接続できなかった十和田観光電鉄は2012年3月末に路線休止となり、翌2013年1月末に廃止されました。

 

4.クハ3810+モハ3811 (柳沢~大曲:1997年4月)

しかし、この頃はまだ十和田観光電鉄の廃止など考えられませんでした。この後、2002年には旧型車の置換えを行い、東急電鉄から7200系や7000系VVVF化した7700系が8両も移籍しました。本来であれば、その時点で旧型車は一掃されるはずでしたが、イベント用にモハ3401とモハ3603が残されました。

 

5.クハ4406+モハ3803 (柳沢~大曲:1997年4月)

その後は弘南鉄道と同様に、東急十和田観光線のごとくステンレスカーが三本木原台地を2012年の路線廃止まで走りました。

 

6.クハ4406+モハ3803 (柳沢~大曲:1997年4月)

結局、十和田観光電鉄の電車は、イベント車以外、東急の中古車によってステンレスカー化されたわけで、私の趣味の志向に合わなくなりました。よって、南部縦貫鉄道のついでに出向いたこの撮影が、私にとって十和田観光電鉄最後の撮影となりました。