ローカル線の回顧録

1970年代後半から2000年頃までのローカル線の記録

2022-01-01から1年間の記事一覧

第859話 1994年宇品四者協定線:もうひとつの宇品線回想(その3)

今回は段原地区を抜けて、広島大学医学部付近と国道2号線を越えた皆実町付近の様子です。段原一帯は再開発で現在は街並みも変わってしまいましたが、広島大学医学部の辺りは、大学の施設こそ変わりましたが、線路跡は道路となり現在も見極めはつきます。 地…

第858話 1994年宇品四者協定線:もうひとつの宇品線回想(その2)

宇品四者協定線は、大洲口駅跡を過ぎると、猿猴川を渡り段原地区に入ります。この猿猴川は広島デルタの一番東側を流れる太田川の支流です。 今回は、猿猴川橋梁跡から南段原までの線路跡の様子です。段原地区は、戦前の街並みを残す一帯でした。広島は原爆の…

第857話 1994年宇品四者協定線:もうひとつの宇品線回想

宇品線と言えば広電の宇品線を連想しますが、かつては広島駅から宇品港に至る国鉄の宇品線が存在しました。もう昔の話しですが1966年に表向きの旅客営業を廃止して時刻表から消滅しましたが、それ以降も貨物用の側線扱いでありながら、非公式に通勤通学用の…

第856話 1993年鹿島:これには参った!!(その2)

石岡機関区には廃車となった湘南型気動車が集結していました。まだ廃車になったばかりなので、現役車の様ですが、全車両を確認できたのはこれが最後でした。 1.石岡機関区全景 (石岡:1993年4月) それはさておき、営業から戻って来たキハ602の塗装には愕…

第855話 1993年鹿島:これには参った!!

今回は2年振りとなる1993年4月の鹿島鉄道です。この4カ月ほど前にKR500形が更に2両増備されました。いよいよ湘南型気動車の置き換えです。天気がパッとしませんでしたが、石岡に出向きました。 1.キハ714、キハ715他 (石岡:1993年4月) 石岡機関区には道…

第854話 1994年島原:分断された南線は・・・(その5)

この日は、普賢岳が望めるこの場所が気に入ってしまい、午前中はこの場所に居座りました。しかし、時々山の方から雷の様な轟音が聞こえて来ました。全く落ち着けません。轟音に続き小規模な火砕流が確認できました。ここは災害を受けなかった地域なので危な…

第853話 1994年島原:分断された南線は・・・(その4)

そして2日目です。この日は、朝から晴天となり、前回の訪問時に叶わなかった普賢岳を入れて撮影をするため、まず深江から布津方面に歩きながら撮影を行いました。布津新田付近は普賢岳を仰ぐ田園地帯です。2月なので田圃は荒涼としていましたが、それ以上に…

第852話 1994年島原:分断された南線は・・・(その3)

この時の島鉄南線には、キハ2014,キハ2602,2603,キハ5502,5503の5両が確認できました。南線は深江~加津佐間、25km程の路線でしたが、たまに2連が走るとしても、5両あればやり繰りできるほどの輸送需要ということです。この5両達は、路線分断時の残留車…

第851話 1994年島原:分断された南線は・・・(その2)

南島原の近くにある公園に、C12が保存されていました。なんとトップナンバーですが、これは国鉄のC12ではなく、島鉄のC12でした。 1.C1201保存機 (南島原霊丘公園:1994年2月) 島原鉄道は1968年までこのC12が活躍していました。それまではディーゼル機関…

第850話 1994年島原:分断された南線は・・・

1994年2月に2回目の島原鉄道訪問を行いました。1回目の訪問は、この4ヵ月前でしたが、天気が悪く車庫内にいた車両を見ただけでした。その際に気になったのが、雲仙普賢岳の噴火によって寸断されてしまった南線がどうしているのかと言うことでした。今回も出…

第849話 1994年福井:バリアフリー?なにそれ?(その4)

この日は朝から雨が降りそうな天気でしたが、西武生の車庫で撮影しているうちに晴れて来ました。よって、沿線撮影に出発です。5月の福井鉄道沿線は田植えも終わり、大変のどかです。 1.モハ300形2連 (三十八社:1994年5月) さっそく無難なところで、田園…

第848話 1994年福井:バリアフリー?なにそれ?(その3)

福井鉄道の西の終点である武生新は、結構立派なターミナルです。この当時は、まだ低床車両がいなかったので、ホームは全て高床の鉄道線車両にあわせた造りになっていました。 1.モハ142-2+モハ142-1,モハ200形2連 (武生新:1994年5月) 武生新のホームに…

第847話 1994年福井:バリアフリー?なにそれ?(その2)

福井鉄道では、軌道線開業時には、軌道線内専用の路面電車が運行されていましたが、鉄道線からの乗り換えが不便だったため、全ての列車で鉄道線と軌道線を直通化し、以前からLRT化されていました。 1.モハ302-1+モハ302-2 (市役所前:1994年5月) 福井鉄…

第846話 1994年福井:バリアフリー?なにそれ?

1994年は北陸方面によく出向きましたが、毎度のごとく行ったついでに北陸地方のローカル私鉄を一通り総舐めしていました。しかし、富山から始まるローカル線巡りは、終盤の福井あたりまで来ると疲れてしまい、天気が悪ければどうでも良くなってしまう傾向が…

第845話 1993年有田:ひょっこりレールバス!!(その3)

さて、有田鉄道にレールバスが導入されたと言うことは、既存車のキハ58形が追い出されてしまうと言うことなのか? キハ58の動向が気になり、2か月後の1993年9月に、再び有田を訪れました。 1.キハ58003 (金屋口:1993年9月) この日、運用されていたのは…

第844話 1993年有田:ひょっこりレールバス!!(その2)

とうとう有田鉄道にも、中古車ではありますがレールバスが導入されました。この時点では、レールバスは1両確認できましたが、このあと何両増備されるのか、いつから運用されるのかは不明でした。しかし、そうなると既存車の動向が気になります。 1.キハ580…

第843話 1993年有田:ひょっこりレールバス!!

有田鉄道は、1992年12月にJR紀勢本線湯浅への乗り入れを廃止し、全長5.6kmの路線を往復するだけの零細ローカル線になってしまいました。もう廃止のカウントダウンが始まったのかと思いましたが、どっこい、これからがしぶとかったです。そんな有田鉄道を久々…

第842話 1993年関東(龍ヶ崎):常総線に倣え!!(その2)

結局、龍ヶ崎線の車両は、塗装の変更だけで、他は何も変わっていませんでした。龍ヶ崎線は、1981年にキハ532が導入されてから、もう12年間も車両の変化がありません。鎖国状態と言うか、やはりガラパゴス的存在でした。 1.キハ531 (入地~竜ケ崎:1993年1…

第841話 1993年関東(龍ヶ崎):常総線に倣え!!

関東鉄道常総線が元国鉄キハ35系に占拠されてしまい途方に暮れていた頃、ふと、龍ヶ崎線を思い出しました。なんとなく、かつての関東鉄道に接したくなり、竜ケ崎を目指しました。 1.キハ532 (竜ケ崎:1993年10月) しかし、と言うか、やはり龍ヶ崎線も「…

第840話 1992年伊予:川造を追い掛ける(その3)

第839話では、話しが横道に逸れてしまいましたが、川造に話しを戻します。 この頃、現役の川造が存在していたのは、伊予鉄の他に弘南鉄道大鰐線、津軽鉄道くらいでした。その中でも伊予鉄の川造は、一番状態が良く、なによりも唯一の電動車でした。 1.モハ…

第839話 1992年伊予:川造を追い掛ける(その2)

四国は関西圏ですが、以前から琴電も伊予鉄もなぜか関東方面の大手私鉄から中古車を買い集めていました。そして1990年代になると琴電は京急、伊予鉄は京王の色合いが益々濃くなっていました。 1.モハ717+クハ767 (牛窪団地前~牛窪:1992年12月) 夕方に…

第838話 1992年伊予:川造を追い掛ける。

第588話~第590話では、1992年年末の伊予鉄道古町車庫の様子をお伝えしましたが、車庫訪問後の沿線撮影をお伝えすることをすっかり忘れていました。ちょっと間が空いてしまいましたが、今回はその続きをお伝えします。 1.モハ51 (大手町:1992年12月) こ…

第837話 1994年立山砂防:保線から始まる春(その3)

この時期の立山砂防軌道は、まだ砂防工事は始まっておらず、その前段である冬眠明けの保線作業や冬眠中撤去していた橋桁などの復旧工事の真っ最中でした。特にこの年は、積雪が多かったのか、例年より作業の進捗が遅いようで、まだ天鳥あたりの復旧工事をや…

第836話 1994年立山砂防:保線から始まる春(その2)

3本の続行列車は、中小屋スイッチバックを過ぎて行きました。この日の砂防軌道は、通常の運行ではなさそうなので、ここで退散するか悩みましたが、何か特別な作業が有りそうなので気になり、その後の続行がないことを確認して、再び天鳥方面へ向かうことにし…

第835話 1994年立山砂防:保線から始まる春

1993年のGWは、西日本のローカル私鉄早回りに追加して立山砂防を訪問しましたが、欲張り過ぎたバチが当たったのか、最悪の天候で門前払いを食らってしまいました。その時の様子は、第756話 でお伝えしましたが、そのリベンジを果たすため、翌年の1994年のGW…

第834話 1994年阪堺:ナニワの新喜劇的ノリ(その5)

今回は、阪堺電車の広告車ではなく、裏方の話題です。 たいていの路面電車には、昔ながらの電動貨車などが保線用や入換用として残っているものです。阪堺電車にも「お宝」はありました。 1.デト11 (我孫子道:1994年10月) それがこの奇妙な電車です。デ…

第833話 1994年阪堺:ナニワの新喜劇的ノリ(その4)

阪堺電車の我孫子道車庫では、うんざりするほど広告電車を見ましたが、中にはレアなオリジナル塗装車も確認できました。だだし、旧型車ではありませんが・・・。 1.256 (我孫子道:1994年10月) 突然視界に入ったのは、ただならぬ京都市電そのものです。…

第832話 1994年阪堺:ナニワの新喜劇的ノリ(その3)

阪堺電車のオリジナル塗装は、元は南海軌道線時代の地味なグリーン一色に窓枠とドアが木目を活かしたニス塗りだったと思いますが。それが、一時期クリーム色とグリーンのツートンカラーになり、1975年頃からオレンジ、ブルー、グリーンに雲をあしらったカラ…

第831話 1994年阪堺:ナニワの新喜劇的ノリ(その2)

さて、私は車体広告を見に来たのではなく、昭和初期の貴重な路面電車を見に来たわけで、何はともあれ、我慢して車両ごとの記録撮影です。 しかし、車両ごとによく見ると、塗色だけではなく、描かれているイラストや文字もかなり強烈です。 1.167 (我孫子…

第830話 1994年阪堺:ナニワの新喜劇的ノリ

第533話~第535話で、バブル期の広電の強烈な広告電車を話題にしましたが、今回は広電の広告電車をはるかに上回る、強烈な阪堺電車の話題です。 別に広告電車を話題にするつもりではありませんが、この頃の阪堺電車にはオリジナル塗装の電車がほとんどおらず…